無害のモニュメント2

強迫性障害(たぶん)、成功体験欠如、eスポーツ、とはいえ生活は続く

無をやっている

こんな普遍的なタイトルで大丈夫なのだろうか。無をやる日なんてたくさんあるのだから近々重複しそうだが、逆に、重複を恐れずにいくという無意識の所信表明だろうか。

日々が無であるということは多くの人間に起こりうる。だが一年を通しての無になってはたまらないよな。しかし、俺は最近まで社会や自分自身による負荷を受け続け(みずから負荷をかけ続け)、無であることすら許されぬマイナスの日々だった。

無が続いているが、いったん無のままで休憩したい気持ちもある。正直、病気とは「別の層/別の意思決定段階」においてストッパーがかかっているように思う。それは雑に言えば鬱病―鬱症状ではなく、鬱病であるように思う。

そして鬱であるならば、無為にならない程度に楽しんでいればいいはずだ。まだ22だ。趣味から行動量を増やしていくくらいでいい気がする。